樫山文枝はかつてお茶の間を賑わせた
NHKの名ドラマ【おはなはん】の主役である。

 

現在は夫の綿引勝彦との間に子供が一人おり、
平和な家庭を築いている。

 

テレビ番組に久々に登場し
思い出話に花を咲かせていたのだが。

 

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樫山文枝について

出典:毎日新聞より

【名前】 樫山文枝(かしやまふみえ)

【本名】 綿引文枝(わたびきふみえ)

【生年月日】 1941年8月13日

【星座】 しし座

【年齢】 77歳

【出身地】 東京府北多摩群武蔵野町吉祥寺

(現在の東京都武蔵野市吉祥寺)

【血液型】 A型

【学歴】 東京文化学園高等学校

【所属】 民藝

【デビュー】 1964年

TVデビューはNHKのおはなはんの主役

樫山文枝は早稲田大学教授で
ヘーゲルの研究者として有名な樫山金四郎。

 

高校を卒業後、【俳優座養成所】に入所を経て、
1963年に【劇団民藝】に生徒として入団。

 

翌年、民藝が公演する舞台『アンネの日記』にて
デビューを飾り、正式に民藝の劇団員として認められる。

 

1966年、NHK連続テレビ小説『おはなはん』のヒロインに抜擢され、主人公・浅尾はなを好演。

 

元々、おはなはんのヒロイン役には
森光子が起用される予定であった。

 

しかし、森が撮影が開始する直前の1965年11月に急病により入院し、
長期に渡るドラマ出演が難しいことから、新人女優を起用するに至った。

 

樫山文枝が演じた浅尾はなは、
明治・対象・昭和という時代を苦労を重ねながらも、
明るく生き抜いていく女性という役柄。

 

夫に先立たれながら、二人の子供を抱えて生きていく
と、いうドラマ内容に、当時の視聴者は感動と共感を持ち、
何と平均視聴率45.8%という驚異的な人気を博した。

 

大ヒットドラマのヒロインとして、
『おはなはん』を演じきった樫山文枝もTVデビュー作品にして、
一気にお茶の間の視聴者を虜にする人気者となったのだった。

 

NHKでは樫山文枝の大ヒットになぞり、
以降、NHK連続テレビ小説のヒロインの起用には
新人女優を使うということが定番化した。

 

ちなみに『おはなはん』から、40年以上経った
2010年の朝日新聞によるアンケート『心に残る朝ドラヒロイン』の集計結果では、
樫山文枝が演じた『おはなはん』が
第1位を獲得しているという人気ぶりを誇っている。

 

樫山文枝の現在までの出演作品

舞台

1967年「うちのお姉さん」
1968年「ヴェニスの商人」「斬られの仙太」
1969年「かもめ」
1970年「もう一人のヒト」
1971年「銀河鉄道の恋人たち」
1972年「三人姉妹」
1974年「才能とパトロン」
1976年「リリオム」
1977年「ジェイン・エア」
1978年「山脈」
1980年「夜明け前 第一部」
1981年「夜明け前 第二部」
1983年「わたしは生きたい ラインの監視」
1984年「白夜」
1986年「人形の家」
1987年「クラクションを吹きならせ!」
1988年「雨」
1989年「天使との二〇分」
1990年「エマ 自由よ、アメリカに咲いた赤い花」
1993年「ルナサの祭りの日に」
1994年「おはなはん」
1995年「私を忘れないで」
1996年「帯に短し…くちなし幻想」
1998年「根岸庵律女」
1999年「二人だけの舞踏会」
2000年「かの子かんのん」
2001年「静かな落日-広津家三代-」
2002年「海の夫人」
2003年「モンゴル帰りの翁」
2004年「スポイルズ・オブ・ウォー そして得たもの」
2005年「火山灰地」 第一部・第二部
2006年「喜劇の殿さん」
2007年「林の中のナポリ」
2008年「海霧」
2009年「来年こそは」
2010年「十二月 下宿屋『四丁目ハウス』」
2011年「帰れ、いとしのシーバ」
2012年「冬の花 ヒロシマのこころ」
2013年「集金旅行」
2017年「33の変奏曲」

 

テレビ出演

1969年 NHK大河ドラマ「天と地と」
1970年「わが青春のとき」
1971年 火曜日の女シリーズ「幻の女」
1973年 NHK大河ドラマ「国盗り物語」
1974年「放浪記」
1975年「同心部屋御用帳 江戸の旋風」
1978年「私の愛は」
1979年「幻の花嫁」
1981年「新・事件 わが歌は花いちもんめ」
1983年「生命ふたたび」
1984年「あなた一人で生きて」
1985年「遅れてきた年賀状」
1986年「かけもち結婚、かけもち仲人」
1987年「長い道II」
1988年「3年B組金八先生3」
1989年「再婚家族」
1991年「忠臣蔵 風の巻・雲の巻」
1992年「リバースアンドプレイバック」
1996年「ようこそ青春金物店」
1998年「女調査員・おでん屋“ぽんた”探偵局」
2001年「監察医・室生亜季子29 不完全な心中」
2002年「3年B組金八先生 第6シリーズ」
2006年「西村京太郎トラベルミステリー 秋田新幹線・こまち連続殺人!」
2016年「大岡越前3 第6話『源さん恋をする』」

 

映画

1968年「黒部の太陽」
1975年「男はつらいよ 葛飾立志篇」
1981年「典子は、今」
1983年「ふるさと」
1988年「ダウンタウン・ヒーローズ」

 

こうしてみると、舞台やテレビでも70歳を超えてからも、女優として活躍しているのがよく分かる。

 

樫山文枝とオンワードの関係とは?

樫山文枝の叔父は、老舗アパレル会社の
『オンワード樫山(現在のオンワードホールディングス)』の創業者である樫山純三である。

 

樫山純三は一台でオンワード樫山を設立し、
その成功を元に競走馬の馬主としても活動し、名馬を数多く送り出した。

 

オンワード樫山は現在、オンワードホールディングスとして
東証1部の上場企業として現存している。

 

現在の樫山文枝とは接点はないようであるものの、
叔父が作った会社が大企業として残っているのは、
非常に鼻が高いのではないだろうか?

 

樫山文枝の夫は綿引勝彦

出典:Gooより

樫山文枝の夫は綿引勝彦である。

 

1966年頃から、綿引勝彦も【劇団民藝】に所属し、
供に稽古をしたことから徐々に関係を深めていったと思われる。

 

後にテレビのバラエティ番組に登場した綿引勝彦は、
樫山文枝と結婚してシマッたという逸話を語っていたという。

 

と、いうのも、結婚した当初は樫山文枝の方が有名であり、
かたや綿引勝彦は非常に貧乏であり、俳優活動の傍ら、
ギター流しのアルバイトなどをして食いつないでいた。

 

夫として嫁よりも経済的に稼げるようにならないという気持ちで、
俳優活動を必死に頑張っていたということであった。

 

しかし、それまでは強面であるためか、
悪役や任侠映画などの起用しかされてなく、人気俳優として伸び悩んでいた。

 

ところが、1991年から1999年まで大人気を誇った
昼の人気テレビドラマシリーズ『天までとどけ』に出演。

 

頼りがいのある熱い父親役を演じたことで、
ようやく綿引勝彦もブレイクを果たし、妻の樫山文枝の収入を
超えることになったという逸話があるのだった。

 

樫山文枝の夫・綿引勝彦との間に出来た子供は?

そんな樫山文枝と夫の綿引勝彦との間には、一人の子供がいるという。

 

しかし、両親の後を追う様に、
芸能の道に進むことはなく、現在は一般の仕事をしているという。

 

だが、芸能人の子供であるということで、
特に甘やかすことなく厳しく育てたという。

 

まるで、樫山文枝の出生作である『おはなはん』のヒロイン、
そして綿引勝彦の『天までとどけ』の父親の二つのイメージ通りで、
子供を育てたのかも知れない。

 

おわりに

現在も舞台やテレビ出演などで、
80歳近くになっているにも関わらずに女優活動をしている樫山文枝。

 

夫の綿引勝彦もテレビで活躍している俳優ということで、
非常に老いてますます盛んな、おしどり夫婦として評価が高い。

 

子供も現在は成人し、
特に手がかからない状態になっていることから、
今後も穏やかな雰囲気を醸し出しながら、
活躍していくことに期待が出来ると言えよう。

 

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