憶えているのは真っ暗な自分の寝床。
深夜、隣の部屋から母親が父親の名前を裏返った声で連呼している音。
規則正しい軋みと供に、母親のその声に心臓が高鳴った。
それは興奮ではなく、何故か怖くなっていただけのことだったが、隣の部屋に行く勇気はなかった。
次の日は父親も母親の顔もまともに見れなかった。
それはおそらくは幼稚園の頃だったのかな。
小学生の頃に捨てられていたエロ本
小学校になってから、近所の友達と一緒に適当に外をふらついていた時に。
今思うと不法投棄されていたゴミの中に、エロ本があった。
友達と目を合わせて、人のいないところへ女性の裸が写っているエロ本を数冊もっていく。
悪いことをしている気持ちは友達も持っていたと思うが、好奇心に勝てなかった。
エロ本の中を友達と一緒に見ていく。
何故かアソコが堅くなっていき、言いようのない状態になっていく。
何かがたまっていく。 でも、どうしていいか分からない。
だけど、目の前の興奮と、次のページには何が書かれているのかが気になって仕方がなかった。
友達はまばたきせずに、私の様子を気にしながらも、自分の股間を時折、さわっていた。
私と同じ気分を味わっていたんだろう。
そんな時に外で17時を知らせる鐘の音と、放送がしたのがわかった。
私も友達もそれを聞いて我に返って、気まずそうにその場に全てを放置して帰った。
「ネロくん・・・内緒だよ。 誰にも言わないでね。」
「うん、誰にもいわない。 おまえも言うなよ?」
誰かに知られたら死んでしまうって思ってしまっていた。
凄く悪いことをしている気持ちになっていたが、止められなかった。
今でも憶えているその時のエロ本の内容は、男が知り合いの女を拉致して監禁。
その男の心情がかかれており、「俺は昔からこうしたかったんだ!」というセリフと供に、裸にした女に色々としている写真が掲載されていた。
これがおそらく私が生まれてきたから最初の性衝動だったと思う。
だけど、どうやったら高ぶった気持ちを発散していいか分からなかったから、ただ我慢するしかなかった。
小学生の時に経験した別のこと
小学生の同級生の女の子たちは、非常に積極的な子たちだった。
決して性行為なんてことはなかったけど、普通にスカートの中のパンティをみせてこちらの様子を伺る子たちが多かった。
ロリコン教師からすれば、天国の様な環境だったのかも知れないが、私からすれば全く魅力は無かった。
捨てられていたエロ本にのっていた大人の女性の魅力が頭から離れなかったから。
一緒にエロ本を読んだ友達と遊ぶこともあったが、どうも二人の中ではそれはタブーになっていた。
だけど、ある時に私はいった。
「シュンちゃん。また見に行かない?」
「ネロくん、やっぱりあれってまずいことなんじゃない?」
でも、友達もそうは言いながらも気になっている様子だったから、半ば強引に本を捨てた場所へいく。
だけど、もうそこには本は無く、綺麗に掃除されていたのだった。
なんか期待が外れた私と友達は、そのまま気を紛らすように駄菓子屋にいき、甘いもので満足した記憶がある。
小学2年から中1までの禁忌
私の母親はおっぱいが凄く大きい人だった。
太っている人だったが、おそらくはFカップは絶対にあったと思う。
たまに父が帰らずに母親と二人で寝ることがあった。
都内の2kのアパートに住んでいた私たちで、両親は夜の仕事だったので不規則。
深夜に帰ってきた母親がそのまま私の寝床の傍に寝ることがあった。
たまに母親は私を抱き枕にしていたりした。
私は母のおっぱいを触り、時にはそれにしゃぶりついていた。
時々、母や私の頭をこづいて止めさせたりしたが、次の日には何事もなかったようにしていた。
実はこれは中1まで続いた。
父親にはバレていたが、何故かそれを怒られることはなかった。
うちの家族は決して荒れているわけでもなかったが、所謂、普通の家庭ではなかったかもしれない。
確実に思うのは、私が豊満な肉体にしか興奮しないのも、おそらくはこの頃の思い出からなのだろう。
自分で言うのもなんだがモテた
小学高学年で私は同級生の女の子に告白されて、建前上、付き合っていた。
キスはしたけど、セックスは出来なかった。(どうやっていいかわからなかったし、勃起しなかったから)
むしろ、意識は同級生の複数の友達が、教えてくれたマスターベーションだ。
小学校6年生の時、覚えた覚えた自慰行為の時に思い浮かべたのは、父親が隠し持っていたアダルトビデオの映像。
それとたまに母親のおっぱいにイタズラした記憶だったり。
中学になると同級生の子も発育してくるので、同級生の女の子が体育の時に胸を震わせながら走っている姿を焼き付けて抜いたり。
そそる同級生の子を頭の中でレイプしたりなんだりを思い浮かべて、自分で慰めていたりしていた。
それは同級生の友達も似たようなもので、そっちの方が楽しかった。
彼女もいたにはいたけど、至って真面目に付き合っていて、キス位しかやったことはなかった。
とにかくカキ盛り、コキ盛り。 オナニーが毎日の楽しみだった時期。
初体験、そして飽くなき妄想
表向きはモテたし、彼女もいたし、普通に人並みに経験できた。
だけど、何故か私はいつも完全に満足することはなかった。
彼女と経験するにも、どこか私が我慢して付き合っていたからだ。
ごり押しして、彼女に自分の全てを呑ませるということも出来なかった私はもしかしたら何処か受け身だったんだろう。
そして、どこか人間関係そのものに面倒くささを感じていたりもした。
性の対象の一部として見てしまっていた母親も、一方ではどこか汚らしく見えていたこともあったりしたし。
中学3年生にもなると、友達連中からビデオは回ってきていた。
自分の兄のビデオを流してくる奴は、僕たちの間ではヒーロー、神と崇めていてチヤホヤしていた。
そうすることで、そいつは気分を良くして、また新しいものを無償で流してくれるからだ。
オカズには、この時点では既に困らなかった。
僕は彼女がいて、その気になればこの頃には女の身体を堪能することも出来ていたから。
でも、彼女のおっぱいは大きくはなかったので、すぐに実は飽きていたのだった。
妄想がこの頃には膨らんでいた。
巨乳の家庭教師に私自身が逆レイプされる妄想。
電車に乗る用事も機会も無かったけど、僕が痴漢して女にイタズラしている妄想。
すれ違った大人のいい女をそのままどこかに連れ込んでセックスする妄想。
などなどだ。
どこかクライムチックな妄想が進む自分が変態である自覚はあったけど、それを現実にするということはなかった。
高校の上がるまでのこんな思い出が、後の私を作っていったわけだ。
より細かい記憶などは、別の機会につづっていくことにします。